大相撲九州場所の番付編成会議で新十両昇進が決まった四ツ車(28)=本名山影誠(伊勢ノ海部屋)。
「四ツ車」は江戸時代から部屋に伝わるしこ名である。
歌舞伎や講談の「め組の喧嘩」で、町火消しの「め組」と騒動を起こす江戸相撲の力士の一人としても登場します。
歌舞伎ファンの私としては、ちょっとニヤリとしたニュースなので簡単に書いてみます。
歌舞伎の外題(演目)は神明恵和合取組(かみのめぐみわごうのとりくみ)。
1890年(明治23年)3月、新富座にて初演。
作者は竹柴基水、通称「め組の喧嘩」として知られています。
1805年(文化2年)1月16日に芝神明社でおこった相撲取り九竜山らと町火消し「め組」の鳶の者との乱闘事件に取材。
本来は、芝神明の鳶頭又右衛門のせがれ辰五郎と相撲の九竜山が、神明の水茶屋の女を張り合ったことが喧嘩の発端とされるが、歌舞伎のなかではこんなあらすじである。
【あらすじ】
品川の料亭島崎楼で、力士の九竜山浪右衛門・四つ車大八とめ組の若い者がささいなことから口論となる。
め組の頭辰五郎の仲裁で一旦はおさまる。
しかし、同席していた四つ車の贔屓(ひいき)の武士・葉山九郎次が「力士と鳶風情では身分が違う」との言葉に辰五郎は腹を立てる。
遺恨に思った辰五郎は、品川郊外の八つ山下で四つ車を襲撃する。
そこに駕籠で通りかかった顔役・焚出しの喜三郎は辰五郎の財布を拾う。
芝の神明社境内の芝居小屋で、またしても四つ車と九竜山浪右衛門ら力士とめ組の若い者が喧嘩が始まった。
ここを通りかかった辰五郎はこれに我慢できず、今までの決着をつけようとするも、芝居小屋の太夫元の仲裁もありここは引き下がる
もはや喧嘩は避けられまいと覚悟を決めた辰五郎は数奇屋河岸の顔役・喜三郎のもとに行き、それとなく暇乞いを告げる。
これは喧嘩が始まるに違いないと察した喜三郎は、以前八つ山下で拾った財布を見せ、大きな間違いになったらどうすると辰五郎に意見し、思いとどまるよう説得する。
進退に窮した辰五郎は仲間と相談すると答える。
顔役・喜三郎の意見に悩む辰五郎は、女房のお仲に意気地がないから離縁すると言い出され、これに居合せた兄弟分の亀右衛門にも非難される始末。
ずっと辛抱していた辰五郎だが、ついに以前から用意していた離縁状を逆に女房のお仲に突き付け、心のうちを語る。
やはり、町火消しの意地から命がけの喧嘩をここに決意していたのである。
辰五郎は亀右衛門に部下を集めろと指示し、喧嘩の支度をする。
颯爽(さっそう)たる姿の辰五郎に喜ぶ女房のお仲とわが息子又八に別れを告げ、辰五郎は相撲の興行場所の神明社へと向かう。
さて、神明社内では辰五郎ひきいる町火消しと、九竜山浪右衛門・四つ車大八ら力士との大喧嘩が繰り広げられる中、寺社奉行と町奉行の法被(はっぴ)を重ね着した顔役・喜三郎の仲裁により、双方がお上に訴える事でこの喧嘩も収束する
歌舞伎の中では四つ車は悪役として登場。
一方、辰五郎と言えば「め組」と誰もが思い浮かべるのは、TVドラマでおなじみですが、これは「め組の喧嘩」が大きく貢献したからだと思えます。
また面白い題材あれば書きますね。
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新十両四ツ車と歌舞伎との関係
Excerpt: 最近気になってたことですが、新十両四ツ車ち歌舞伎の関係って何なの?ちょっと前、新十両に四ツ車が昇進したニュースがありました。その記事の中で四ツ車という力士が江戸時代におり、歌舞伎にも関係しているような...
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